2012年5月10日

先に掲載したコラムです。

「SORA]2ある消防職員の一日

 

●10月16日朝5時:「クン、クン・・・」生後5ヶ月になるトイプードルの「SORA」がいつものように「おなか空いた、飯くれ」と甘えた声でせっつかれ、目が覚める。台所へ行きSORAに朝食を与え、まだ暗い中もう一匹の雑種犬の「龍馬」と散歩に出かける。10月中旬だというのに肌に心地よく半袖でも寒さを感じない。半世紀生きてきた私の記憶にないほどの違和感・・もう10月半ばだ・・暖かい・・大牟田弁で「ぬっかね、龍馬」と声をかける。地球温暖化を身にしみて感じる。本当に大丈夫だろうか・・。近くの小学校の東門を過ぎて、小さい川の左岸にたどり着く。と、その時西の空30度方向に満月が透きとおった夜空(朝空?)の中で地球を見つめている。「こんな月見たことない。めちゃくちゃ美しい。」自分自身が年をとったのか、多分月も年をとっているだろうが何とも感慨深いものがある。私の住んでいる地域は、75歳以上が25%を占めており、高齢化するわが町を象徴するように、「おはよう」と挨拶を交わす人々は、私よりはるかに先輩ばかりである。しかし「まだまだ若いもんには負けられない」とばかりに、散歩をされる姿も、背筋が伸びてまさしく元気が歩いているみたいである。「お元気やなぁ・・・」龍馬1

約3キロの散歩コースの終盤に太陽が顔をもたげてきた。まさしく雲ひとつない秋空での太陽と月のコラボレーションである。「すばらしい」昔から言われてる「早起きは三文の徳」・・・私の場合「もう寝れない年齢の徳」

 

●6時30分:帰宅後朝風呂に入り汗を流す。この習慣が癒しのひと時である。

●6時50分:朝食をとる。野菜中心のメニューが今の私の健康状態を物語る。

●7時10分:徒歩にて職場へ向かう。約3.5㎞を45分かけて街角を見つめながら歩くのも心地よい。私の住む町、福岡県大牟田市は福岡県の最南端部に位置し、熊本県との県境にある。古くから三池炭鉱で栄え日本の経済をも支えた炭鉱町である。人口も最盛期は27万を超えたが、炭鉱閉山と同時に人口は減り続け現在13万をも割ってしまっている。炭坑節は今も健在で「三池炭鉱の上に出た」というフレイズは我が町大牟田の詩である。国道を南下していくと不思議な光景に当たる。このあたりは国道の走る大牟田市の中心部分であり、東新町の五叉路といわれている。南下していくと正面にデパート(このデパートの創業によって中心市街地は崩壊した。)があり、その東側に化学工場地帯がある。都市計画上、巨大化学工場が巨大ショッピングモールの横に座することは異例中の異例といえるが・・・これが大牟田市の歴史と町の形態を如実に現している。

いわゆる企業城下町の元祖なのではないだろうか。5分ほど歩くと大牟田川を渡る。今は川底がコンクリートで澄んだ水の流れだが、過去には世界一汚い川と称され、真っ黒な流れの表面が七色に輝き周辺一体に石油臭が漂っていた。今では考えられない事実なのだが、現在の中国の現実と対比するといかに人類は地球を痛め続けてきたのかが理解できる。

旧市庁舎大牟田市役所        昭和11年3月竣工正庁の柱の装飾ただ自国においてそれを知る人も年々少なくなっている。さらに南下していくと10分ほどで大牟田市役所前にたどり着く。大牟田駅から徒歩1分にあり、屋内階段等に大理石を使用した煉瓦造りの重厚な建築物で昭和11年に竣工されたものである。当時の大牟田市を繁栄するもので大理石の暖炉もあり、市の近代化遺産となっている。大牟田駅は、ここ九州の地で私鉄とJRが並行して走る唯一の駅であり、福岡の天神と博多駅とに繋がっている。ここから消防本部まで10分だが、晴れた日には南下する国道の正面に長崎の雲仙普賢岳が一望できて、まさしく活きた絵画を思わせる。あの火砕流災害から17年、今では、山は落ち着きを取り戻し、あの惨事を知らない中高生がいることも時の流れを感じさせる。しかし消防関係者を含め50数名の犠牲者を出した自然災害の恐怖を風化させてはならない。車などで通勤する街行く人々は、ここからの眺めに普段気づきもしないだろうが、私が、健康を害し徒歩通勤をしたことによって、そのすばらしさに気づくことができたことは変に得した気分だ。普賢は、春夏秋冬で色を変え、つい見とれてしまうほどのロケーションになる。

●7時55分 職場に着く この時間になると本部職員の殆どが出勤し、事務室の掃除をしている。以前は清掃業者に委託していたのだが、職員からの提言で「自分達でできることは自分達でやろう」と自らを律し、財政対策とその認識を高めるために始めたことであるが、本当に真面目な仲間達だと感心する。    

●8時15分 自分のデスクについて今日の仕事の準備をする。

●8時30分に室内照明をつける。仕事の始まりだ。私の仕事は大牟田市消防本部予防課指導係という部署であり、おもに建築確認申請における消防同意、消防設備の設置および検査、防火対象物への立入検査そして違反処理等の業務を遂行している。

「消防は火事と救急がない時はなにしてんの?」とよく聞かれる話だが、消防は、災害実働としての火災・救急の外に色々な事務的業務があり、組織体制として消防本部に総務課および予防課がある。予防課には、建築に関する事務を執る指導係と危険物(ガソリン、灯油など)の貯蔵取扱いにおける規制事務をおこなう予防係がある。ここでわたしの担当である若き戦士予防課指導係事務室指導係を紹介することにしよう。まず私の左横に少々頭部が寂しくなった係長が一人(私の高校の同級生で同じクラスだった。写真を見れば一目瞭然である。)、その前に消防大学の専科教育予防課に入校中の主任(ちょっとガサツだが頭の切れるサッカー小僧)、いつも下を向いて黙々と仕事に励む係A(ゴルゴ13張りの厳つい32歳、もと族?)と集中している時は3回声をかけないと気づかない係B(一見やさしく見えて短期で負けず嫌い。たまに壁を殴る。)と私の5名で大牟田市の消防における防火対象物の建築設備の行政事務を担っている。各言う私は「消防ゴリラ」(喧嘩っ早い)と言われる心篤き男(自称)である。「おっと」忘れていた、私の右隣にズラーズの一員である予防課長がいる。わたしは左右の眩しさに負けず日々頑張っているのである。私の担当は「違反処理」で、防火対象物に対して立入検査をすることによって違反を発掘し、その後の事務処理を行うという業務であるが、命令等による効力がない場合には告発する場合もある。

 

●消防体制  消防には二つの勤務体制があり、8時30分~17時00分までの日勤勤務と8時30分~翌朝の8時30分までの24時間勤務三部制に分かれている。後者の職員は「盆も正月」も無く一定のサイクルの中での勤務を余儀なくさているが、それも住民の安心・安全を守る宿命なのである。しかし、この不規則勤務と災害現場のストレス等によって消防職員の寿命は短く、職場環境の改善と労働安全について特段の配慮が必要と考えている。

●立入検査  9時30分から大阪のインターネットカフェの火災を受けて特別査察に出向する。15名の犠牲者を出した放火による悲惨な火災は、24時間眠らない社会が生んだ悪の象徴であり、痛みを知らぬ無責任な人間のなせる愚行に他ならない。管轄内のカラオケハウスおよびインターネットカフェの緊急総点検を実施し、火災の予防を徹底させようとするが、今回のような人為的行為による被災は現行法では完全に防止することはできない。消防は、武器も持たないし強権力を持って行使する立場にはないが、人名危険の評価如何によっては刑法以上の権限を与えていただきたいと思っている。

●昼休み  午前の仕事を終えて昼食をとる。消防は殆どの職員が速食いである。いつ出動指令がかかるかわからない環境の中で「食える時に食う」と言う原則が体に染み付くのである。この不規則さと「ガッツキ」さが消防職員を短命にしているかもしれない。

例に漏れず愛妻弁当を5分で食し、メタボ気味の腹部を気にしながら庁舎の周りを散歩するが、日差しの強さに驚きを隠せない。温度計は30度をさしている。通りすがる人が大牟田弁で「こりゃ暑か、10月ん天気じゃなかばい。おかしか。」

消防本部の横に延命公園があり、そこに動物園がある。この町に保険所と動物園があるのが、過去の隆盛を物語っている。このあたりは高級住宅地で、かつては大牟田のビバリーヒルズと呼ばれていた時もあったが・・・。

●13時00分 「蛍光灯のスイッチを入れて」午後の仕事の開始である。当然のごとく昼休みは消灯している。午後から検査が2件あり、現場へ向かう。検査というのは、消防設備が防火対象物に法令基準どおり設置されているか建築構造を含め対象物全体の確認作業を実施するものである。消防用設備には警報設備(自動火災報知設備等)、消火設備(スプリンクラー等)および避難設備(誘導灯等)があるが、設置基準は防火対象物の用途、面積、階数および建築構造等が基準細目となっている。建築物に対し消防設備の占める費用負担は5%強といわれ規模に応じて高額となり、その維持管理の需用費も継続的に負担されていく。したがって消防の責任も重大であり、相応の力量と配慮を持って臨まなければならない。

●17時00分 私を除く他の業務担当者の努力によって定時に仕事を終えることができた。特に若き戦士たちの真面目で真摯な姿勢に、ふと自分の同じ年齢時代をオーバーラップさせながら「ねぇじゃん。こいつらと同じ年やった時の俺たちはデタラメやったばい。」左横の同級生に嘯くと「そげんやんね」と含み笑いでかえってくる。ちょっと情けなく気持ちの悪い哀愁が漂う・・。「ちょっと行くか。」「そやね。」・・50過ぎの男たちの合言葉・・いつもと同じ店に行き、いつもと同じ話をしながら、いつものように酔っ払い「じゃあな。」・・・

懲りずに飽きずに命を減らしていく。ちょっとだけ愉快になるが、家が近づくごとに山の神の顔が浮かぶ。「また飲んできたつね。」「しょんなかろうもん。」いつもの会話である。

玄関を上がると「SORA」がピョンピョン跳ねながら駆け寄り「抱っこして」と言っている。時計を見ると20時ちょうど、一匹と山の神にご機嫌をとりながら「一杯やっか。」「しょんなかね。」さっき聞いたような・・・妻はビールをコップ一杯飲んだだけで達磨になる。

テレビを点けてニュースを見ながら、互いに薀蓄と講釈をならべ同じ言葉を繰り返しながらいつの間にか芋焼酎が空になり、もう一杯そしてもう一杯少しずつ酔いがまわってくる。酒宴たけなわ、また同じ発言を繰り返す。3回目になるだろうか「ほんなこて、今朝の月はきれいやった」「早起きは三文の徳ていうやん」どこかで書いたような・・・「風呂はいる」と言い残してバスルームに行く。風呂をあがると、妻はいつものようにテーブルの椅子に腰掛けたままの姿ですやすやと寝ている。一人の妻(当然じゃアホ)と4人の愚息達そしてウルサイ2匹、ひとまず今日は平和だったなと感じながら寝室に向かう。消防職員は誰もがそうであるが、災害傍受用の機器にスイッチを入れっぱなしにして子守唄代わりに仲間の指令を出す声を聞きながら就寝する習慣がある。危急の災害対応の情報を得る目的だが、消防体制の人員不足によって必要とされる行為でもある。近年救急件数は飛躍的に増加し、24時間眠らない業務を強いられている消防職場では、健康を害す職員も少なくない。感染症に対しても最前線の現場で働く隊員達を防護するシステムを構築するのも私たちの任務である。しかしながら、我慢を美徳と勘違いしたり、住民のための消防という自負さえない職場が未だに数多く現存するのである。

あってしかるべき労働者の権利を持ちえない消防職場は、全国各地で強権力の横暴で涙を飲んだ職員が後を絶たない。海上自衛隊並みのイジメが横行する職場も見受けられる。全国消防職員協議会は、これらの問題解決を図るため一日でも早く団結権を獲得して開かれた職場を確立するとともに消防労働者としての意味を発揮することが必要である。また公共医療と連携し、「救急たらいまわし」を無くすためにも真の救急行政の確立をはからなければならない。消防職員も労働者であり、労働基本権である団結権の賦与によって組織活動を推進し、顔の見える関係の構築と自らを律することによって想いと正義を詰め込んだ政策提言ができる力量を備える必要がある。「・・・のバカヤロー」と夢で叫びながら羊が消えていく。こんなふうに、眠りに着く前に、いつものように何をすべきなのか頭をめぐらせながら小市民の一日が終わる。