2010年8月5日

久しぶりですみません。
夏休みに入って柳川特別支援学校の高校一年生(男子)が職場研修に
1週間来まして私が担当をしました。
彼は生まれながらにして二分脊椎で下肢が不自由であり、歩行装具
で歩くことができる元気な青年です。
1日目は怖そうなおっさんばかりでとまどっていましたが、2日目からは
目の色、目力が加わり集中して消防業務を体感することができました。
彼の学校には彼より重度な仲間が居て私がそのことについて尋ねたところ
「僕は、仲間をかわいそうだとは思わない。助けてあげたい」
終わってみれば、私にとって、感動と感涙の日々でありました。
「自分に負けない」「努力を怠らない」
彼は一回り逞しくなって帰りました。
2010年6月28日
大雨の続く南九州
口蹄疫でどん底の畜産農家
災害の絶えない九州で雲の切れ間から太陽光が一瞬覗いた
バス停にいる5.6人の小学生
サッカー小僧の色合い強いいでたちで
きびきびと元気な姿が目を引く
ワールドカップでの日本の活躍がこの子達に勇気を与えている
気のせいだろうか
一つのスポーツが、選手個々のひたむきさが、新しいエネルギー
を作り出している
こんな田舎町で・・・・気のせいだろうか
2010年6月15日
全国消防職員協議会第39回研究集会が三重県桑名市で開催されました。
全国から357名が参加し、初めて男女での総合司会によってさわやかに進行されていく
姿は、過去に想像することのできない華やかさが表現できていたと思います。
初日の基調講演に自治労中央本部総合組織局長荒金廣明さんを招聘し、「今後の労働組合のあり方」
と題し、労働組合の根幹とするところを具体的に語っていただきました。
女性連絡会とユース部のアンケート報告は、代表の中畑さんと古川君が報告しました。
次世代を担う若い力は、激しくぶつかり合いながら逞しく育ってくれることが全消協のエネルギーとなります。
2日目は5箇所で分科会を開催し、真摯な取り組みによってまた一つ角度の違う視野が増えています。
新しい力と真のある考察が、斬新な政策を創造してくれることを願い、雑駁ではありますが報告とします。
2010年5月19日
5月12日自治労労働学校に担当の方から「消防のためになるから聞きに来い。」と誘われ
プロ野球選手会事務局長である松原さんの講義を聞く機会を得ました。
彼曰く「ストライキばかりが取りざたされているがそうではありません」・・彼の風貌は恐持てで
厳つい刑事タイプ・・・ダンディそのもので声も重厚ですばらしい。
選手会ができてプロアマの垣根を取り払う努力をしてきたこと、労働環境である球場の安全性や
ファンサービス向上に向けた政策、平均勤続年数が5,6年の野球選手の年金問題等
多くの課題へ向けた選手会の団結と研鑽・・・・・野球小僧の私にとって感動の連続でした。
各チームの会長や反球団側として頑張ったための仕打ちや近鉄球団の崩壊とオリックスとの
暗躍する裏政策・・・・・古田会長と12人の各チームの会長達の決断・・・・・そしてストライキへと
「選手ごときに何ができる。」ナベツネ発言が選手の勇気に拍車をかける。
Ⅰリーグ制断念、12球団堅持、セパ交流試合の実現など選手の野球を愛する思いはファンサービス
へと向けられ現在に至っている。
2日間のストライキだったが選手達は、何かできないものかすべてをさらけ出してファンとの「ふれあい」を
おこなった。
一つの現場である女性がファンとしての思いを伝えたかった。
「この騒動で12球団全部のファンになったけど、13番目のチームである選手会が一番好き。」
2010年5月10日
昨年の5月1日、由布市消防職員の佐藤君が水難救助訓練で亡くなった。
大分県の消防航空隊に配属になり、意気揚々と「これから・・・」という時の事故だった。
家族の悲しみは時間によって癒されることは無く想いはつのるばかり・・・
消防職員の仲間たちにとっても、この一年は辛いものだったに違いない。
由布市消防職員協議会の定期総会に出席した。交流会で職員が遺影に向かって一礼し、
姿の無い彼に向かって話しかけ酒を酌み交わす光景は胸を篤くする。
消防職員の「運命」で終わらす訳には行かない。県知事が議会で謝罪した。
「安全管理を万全にする」この言葉が何故日常の意識ではないのか、事が起きてから
反省するには代償が大きすぎる。
当事者責任とは能動的に限りなく広がっていくものと自覚することだとつくづく感じる。
我々は、いつ何時も鷹の眼のごとく敏感に日々を生き抜くことが宿命とされる環境にいる。
戦わなければ解決できないことが多すぎる職場・・・・いち早く大人になるべきだ。